三川内焼写真提供:三川内陶磁器工業協同組合

三川内焼 ミカワチヤキ

白磁に呉須の青で描く繊細な染付と、唐子絵に代表される優美な意匠が特徴。透かし彫りや手捻りなど高度な技法による精巧な造形も魅力で、御用窯として培われた格調高い美しさを今に伝えています。1978年(昭和53年)、国の伝統的工芸品に指定されました。

Description / 特徴・産地

三川内焼とは?

三川内焼(みかわちやき)は、長崎県佐世保市三川内地区を中心に作られている磁器です。白磁に呉須(ごす)で描く繊細な染付をはじめ、透彫りや手捻りなどの高度な細工技術を特徴とし、1978年(昭和53年)2月6日に国の伝統的工芸品に指定されました。

代表的な意匠の一つが「唐子絵(からこえ)」です。松の木の下で遊ぶ中国風の子どもたちを描いた文様で、江戸時代には平戸藩の御用窯で用いられる特別な図柄として発展しました。唐子の人数によって用途を分けたとされ、七人唐子は朝廷や将軍家への献上品、五人唐子は藩主用や諸大名への贈答品、三人唐子は武士向けなどに用いられたと伝えられています。

また、磁土を細かく彫り抜いて文様を表す「透彫り」や、磁土を手で成形して花や動物などを立体的に表現する「手捻り」も、三川内焼を代表する技法です。白磁の美しさと呉須の青、精緻な絵付けや造形を組み合わせることで、繊細で優美な表情が生み出されます。

現在では、皿や鉢、酒器、茶器などの食器をはじめ、香炉、花器、置物など幅広い製品が作られています。伝統的な唐子絵や細工技術を受け継ぎながら、各窯元による新たな表現も生み出されています。

History / 歴史

三川内焼 - 歴史 写真提供:三川内陶磁器工業協同組合

三川内焼の起源は、16世紀末の豊臣秀吉による朝鮮出兵の時代にさかのぼります。1598年(慶長3年)、平戸藩主・松浦鎮信が朝鮮半島から連れ帰った陶工の一人である巨関(こせき)が、平戸領内の中野に窯を築いたことが、平戸焼、そして三川内焼の始まりとされています。

その後、より良質な原料を求めて窯場が移され、巨関の子・今村三之丞らによって三川内での製陶が進められました。17世紀前半には平戸藩の保護のもとで窯場が整備され、三川内山を中心に本格的な生産体制が築かれていきました。

三之丞の子である弥次兵衛正景の時代には、天草陶石や佐世保市針尾島の網代陶石を用いた白磁の焼成に成功したとされ、三川内焼は純白の磁器を中心とする産地へと発展しました。江戸時代には平戸藩の御用窯として高度な技術が磨かれ、朝廷や将軍家、諸大名への献上品や贈答品として、精緻な磁器が作られました。

この時代に、三川内焼を代表する「唐子絵」や、透彫り、菊花飾細工、手捻りなどの高度な装飾技法も発展しました。なかでも唐子絵は平戸藩の御用窯を象徴する文様として用いられ、白磁に呉須の青で描かれる繊細な表現は、三川内焼を特徴づける意匠として受け継がれていきました。

江戸時代後期から明治時代にかけては、「平戸焼」の名で海外にも知られるようになり、精巧な透彫りや細工を施した作品が欧米でも評価されました。明治維新後に藩の保護を失った後も、窯元や職人によって技術が受け継がれ、食器や装飾品などへと製品の幅を広げていきました。

1978年(昭和53年)2月6日には、国の伝統的工芸品に指定されました。現在も佐世保市三川内地区では、白磁、染付、唐子絵、透彫りなど、江戸時代から培われてきた技術を生かした磁器づくりが続けられています。

Production Process / 制作工程

三川内焼 - 制作工程 写真提供:三川内陶磁器工業協同組合

  1. 1.砕石(さいせき) 三川内焼では、熊本県天草で採れる天草陶石を使用します。この天草陶石が、白さのもとです。原石は、専用の機械を用いて、粉状になるまで一日かけて細かく砕いていきます。
  2. 2.沈殿 砕石したものでも大きさは異なり、中には磁器にするのには大きすぎる粒もあるため、粒の大きさを分けなくてはなりません。そこで、次に行われるのが沈殿です。粉砕した陶石を水に溶き、粒子の大きさや比重の違いを利用して不純物や粗い粒子を取り除きます。その後、フィルタープレスで水分を除き、磁土として扱える状態に整えます。さらに、集めた細かい粒は真空土練機にかけてしっかりと空気を抜き、粘土状にしていきます。
  3. 3.成形(せいけい) ろくろや手などを使って成形していきます。成形は、焼き物の形を決定づける重要な場面です。さらに、成形の段階で、置物などに仕上げていく場合は、様々な技法を使って形をつくっていきます。中でも、穴を開けてくり抜いていく「透かし彫り」、動物や植物を表現するために細かな細工を施す「手捻り」、別の素地に細工したものをつけていく「貼り付け」は、三川内焼でよく使われる技法です。
  4. 4.乾燥 成形した素地を十分に乾燥させ、表面を削って形を整えます。
    ひと手間加えることで、より美しい三川内焼へと仕上がっていくのです。
  5. 5.素焼き そして、天日によって乾かしたら、本焼きに入る前に900度の高温で7時間ほど素焼きを行います。素焼きによって素地を扱いやすい状態にし、その後の絵付けや施釉に備えます。
  6. 6.下絵つけ、濃(だみ) 素焼きを終えた素地は、きれいだとはかぎりません。表面にごみがついていると、絵の具にごみが混ざり、作品が台無しになってしまう恐れがあります。そのため、下絵を行う前に、しっかりとからぶきしてごみを落とし、下準備を整えます。
    この「下絵つけ」の段階で使用されるのが顔料の呉須(ごす)です。筆を使って丁寧に絵を描いていきます。呉須はコバルトを含む顔料で、焼成によって藍青色に発色します。さらに、下絵付けが終わると色の濃淡を表現するために太い筆を使って、「濃(だみ)」をつけていきます。
  7. 7.施釉(せゆう) 下絵付けを終えた素地に透明釉を施します。
    この、釉薬を施すことによって、釉薬がガラス質となり、白磁の表面に透明感のある艶が生まれます。
  8. 8.本焼成(ほんしょうせい) そしてしっかりと全体に釉薬を施したら、素焼きのときよりも高温の1300度ほどで、15~20時間焼いていきます。特に、この「本焼成(ほんしょうせい)」といわれる本焼きの後がポイントです。焼成後は窯内で十分に冷却し、素地への急激な温度変化を避けてから窯出しします。
  9. 9.上絵(うわえ)つけ 呉須(ごす)を使った鮮やかな青が特徴の三川内焼では、本焼成のあと検品して、そのまま出荷されることも多いです。しかし、さらに色をのせる時は、上絵つけといって、本焼成のあとに、赤など他の色で色付けしていきます。上絵つけのあとは、本焼成で一度しっかりと焼いているため、750度程度の温度で7時間ほど焼き、色を定着させます。

Representative Manufacturers / 代表的な製造元

平戸嘉久正窯 ヒラドカクショウガマ

有限会社 平戸洸祥団右ヱ門窯 ユウゲンガイシャ ヒラドコウショウダンウエモン

400年続くみかわち焼の伝統を守りながらも、常に新しいものづくりに専念しています。私どもの考える新しいものづくりとは、伝統ある形や絵柄を手本にしながら、そこに自分らしさを表現していくことです。伝統的な菊花飾細工物などの装飾品も、日用食器なども自分らしさを表現する手段として、力を入れていきます。 皆様に末永くご愛用いただける「ものづくり」を心がけ、先人達の偉業に1歩でも近づきたいと考えています。

有限会社 嘉泉製陶所 ユウゲンガイシャ カセンセイトウジョ

Facility Information / 関連施設情報

[改修工事のため2028年秋(予定)まで休館]三川内焼美術館(三川内焼伝統産業会館)

[改修工事のため2028年秋(予定)まで休館]三川内焼美術館(三川内焼伝統産業会館) 写真提供:長崎写真館

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